その日
その日は
息子の19歳の誕生日を祝った翌日でした
その日は
息子の大学の入学手続きを済ませた日でした
その日は
受験の間ずっと控えていたテレビを買い替えに行った日でした
そして、その日
私たちは一生忘れることのできない映像を目の当たりにしたのです
テレビコーナーのすべてのテレビに映し出されていたのは
津波が町をのみ込んでいくあの映像でした
あれから2週間
ブログの更新もできませんでした
重い重い気持ちのまま今日まで来ました
が、
変な話ですが
今日、テレビに映った被災者の方から元気を頂きました
みなさん、すでに、復興のために動いていらっしゃったのです
「自分たちの町は自分たちで」と
その目は、前を向いて輝いているようにも見えました
そうなんです!落ち込んでいても何もはじまらない
私たちが、元気で前を向いていなければ!
そう気ずかされました
東京からPちゃんも帰省しました。東京も、地震、原発の影響で暮らし難くなっているようです。その日、息子は新幹線に閉じ込められ、お嫁さんはPちゃんの待つ託児所まで4時間も歩いたそうです。途中水やおにぎりを差し出す家があったり、「トイレを使ってください」の張り紙のある家があったりと、思いやりにふれて嬉しかったそうです。不自由さの中でも得るものもありますね。
息子の19歳の誕生日を祝った翌日でした
その日は
息子の大学の入学手続きを済ませた日でした
その日は
受験の間ずっと控えていたテレビを買い替えに行った日でした
そして、その日
私たちは一生忘れることのできない映像を目の当たりにしたのです
テレビコーナーのすべてのテレビに映し出されていたのは
津波が町をのみ込んでいくあの映像でした
あれから2週間
ブログの更新もできませんでした
重い重い気持ちのまま今日まで来ました
が、
変な話ですが
今日、テレビに映った被災者の方から元気を頂きました
みなさん、すでに、復興のために動いていらっしゃったのです
「自分たちの町は自分たちで」と
その目は、前を向いて輝いているようにも見えました
そうなんです!落ち込んでいても何もはじまらない
私たちが、元気で前を向いていなければ!
そう気ずかされました
東京からPちゃんも帰省しました。東京も、地震、原発の影響で暮らし難くなっているようです。その日、息子は新幹線に閉じ込められ、お嫁さんはPちゃんの待つ託児所まで4時間も歩いたそうです。途中水やおにぎりを差し出す家があったり、「トイレを使ってください」の張り紙のある家があったりと、思いやりにふれて嬉しかったそうです。不自由さの中でも得るものもありますね。
この記事へのコメント
風評被害やら、なんやら、浜の人達は、何時になったら自分の家に帰れるか、そして家が残ってても住めるか、農業で生活できるか、漁業で生活できるか、問題山積みです。
世界的な義援が救いです、私も義援金できり、お手伝いできません、同じ福島県で被害がない、ナニナニ家でした。
本当に 何よりです。
母は山形の出ですが 東北にみんな散らばってます。
3日連絡とれなかった者もいて 年老いた母にはつらい時間でした。
一応 みなさん無事でもう炊き出しに行ってるらしく、被災者が被災者にならず、もう人のことしてる姿に人間の本当の姿を感じ、とにかく一人でも無事に そして無事な方にはこれからの手助けをできることをみんなで考えたいです。
阪神の震災に会いましたが、想像や経験を遥かに超えた映像に無力な自分を恥じてます、、、
復興には労働力も必要でしょうが、やっぱりお金が要ります(綺麗事でなく、阪神淡路の時も寄付や義援金で復興できた功績は大きいです)
一日も早く 一つでも問題が解決の方向に進みますように、、、
風評は本当に怖いと思います。
正確な情報をもとに私たちも冷静に行動しないと、風評で倒れてしまう方が出てきそうです。
夜になってその大きさを確認しました。
時間と日にちがたつにつれてその大きさを見せつけられました。
悲しみと辛さと不安と、様々な思いをかかえる被災者に何もしてあげられず、普通の時間を過ごすことへの申し訳なさをかみしめながら暮らしています。
でも復興の兆しが見えてきましたね。
私たちも閉じこもっていていいはずはありません。
元気に暮らさなくては日本の経済も滞ってしまいます。それは被災地の復興の妨げにもなります。
一日も早く被災地に春の陽が降り注ぐことを願っています。
それなのにまるでその光景は作り物のような現実味のない光景でした。今そこで起こっていることが現実なんだと認識するのにはあまりに厳しい現実でした。
まさに今TV画面の中に起っていることだったんですもの。。。目の前でそれを見せ付けられている被災者の方々の壮絶な思いは計り知れないものだと思います。
復興に立ち上がる人たちにこれでもか!と降りかかる更なる被害や風評被害・・・それに派生した深刻な被害。。。
重くのしかかる不安に遠く離れている私たちでさえ沈んでしまいそうです。
一刻も早く原発の根本が解決してくれる事を願うのみです。
そうしたら被災者の方々はもっと力強く復興に向くことができるのに・・・つらいです。。。
Pちゃん、とっても大きくなられましたね。
とっても可愛いなぁ。。。
久振りのご対面、いいお時間でしたね。
我が家も連休中は東京で独り暮らしする娘が骨休めに帰ってきて、孫たちも帰ってきて・・・
幼子達の未来のためにも一刻も早い原発事故の終息を
強く思っています。
皆さまのコメントに私の思いも集約されています。
今何が出来るか!!
問答しております。
被災者の方々、福島の方々は原発との二重の被災。
こちらは計画停電が行われ私達リタイア組はドンドンやってほしいのですが・・・。
ここ伊豆は観光で成り立っている地ですのでサービス業の方々は全く営業にならないそうです。
被災者の方々の事を考え大きなジレンマになっているようです。
町の灯りは半分以下に減りコンビニやスーパーの灯りも四分の一位ですね。
なれればこれで十分ですね。
パンが消え
電池が消え
お米が消え
ペーパー類が消え
水が消え・・・
今すぐ出来る事・
買い占めに走らない。
我が家も東京の姪の家族が来、孫達も春休みで集まっています。
総勢13名の大家族です。
この子供達の為にも今後の原発の在り方を考える時期にきているのではないでしょうか???。
現在日本の稼働原発55基・準備中2期・建築中11基です。
これから!ですね。時間とともに薄れてくるのが怖いですね。みなさんが不安に思われているのは今後のことでしょう。その時だけではなく、続けられる支援をしていかなければと思います。ナニナニさんがんばって!
阪神大震災に遭われているのですね。おっしゃるように、離れている私たちにできることは義捐金しかありませんね。少しずつでもあわされれば大きな力になるでしょう。近くの方はすぐに動き出されているのですね。炊き出しの味噌汁に涙しておられる方も。つらい時はやはり人の温かさですね!御親戚の方も被災者でありながら支援者に!感動しました。
私も、こんなに普通にしていてよいのかしら?と、罪悪感を覚えることもありました。でも、西日本が元気を出して経済を支えなければ、東を支えることもできません。前へ前へ!それしかないですものね。風評に惑わされず、みんなで乗り越えましょう!
この幼い子供たちの将来を思うと不安がのしかかりますね。毎日地震と原発におびえている息子たちを帰すのがつらかったです。一日も早く地震も収まり、原発も解決してほしいです。人生にはいろいろなことが起こりますね。一度骨折するとその部分は強くなるのだそうですが、日本もこの痛みを機に強くなってほしいです。
そちらも大変だろうと、心配していましたが、どうにかお元気で良かったです。私も、今回のことで考えさせられることが多くあります。はたして、便利なことが良いのか?電気にしても、24時間営業の必要があるのか?残業の必要があるのか?限りある資源を思えば、暮らしぶりを変えることで、ずいぶん節約ができます。ひとつの明かりの下に家族が集まるのもいいことですよね。息子も、気が付いたらスーパーに何もなかったと、帰省して、パンとマスクと電池を買って帰りました。総勢13名ですか!大変ですが、頑張ってください!
当たり前のことがあたりまえでなくなっている時代。本当に考えさせられましたね。家族が一つになったり、ご近所の方と助け合ったり、まるで、戦時中のような?今後の復興が待たれますね。